CEPI ニパウイルスワクチンプロジェクト


 ニパウイルスは 1997年にマレーシアで初めて出現し、ヒトに致死率は 90%にも及ぶ急性脳炎を引き起こして 100人以上の死者を出した新種のウイルスです。現在でも主にバングラデシュやインドで発生しており、本感染症に対するワクチンは未だ存在しません
 Coalition for Epidemic Preparedness Innovations (CEPI)は、ニパウイルスのように人類の健康を脅かす感染症に対し、予防ワクチンの開発を支援することを目的として2017 年に設立された、革新的な国際的研究開発費支援機関です。そして2019年2月、我々が過去に開発したニパウイルスワクチンの実用化開発研究に対して、CEPI が総額 3100 万ドル(約 34.4 億円)の支援を行うことを決定しました。これは日本から初めて CEPI に採択されたプロジェクトです。
 本プロジェクトにより、ワクチンが新たなニパウイルス感染症の予防法として確立されれば、発生地域での流行制圧に直接寄与し、さらに致死性ウイルス感染症の脅威に対し世界の人々の安全・安心に資すると期待されます。


ニパウイルスとは?

 ニパウイルス(Nipah virus, NiV)は1998年に初めて同定された病原体であり、ヒトに致死的な脳炎や多臓器不全を引き起こします。主に東南アジアで流行が発生しており、これまで多数の感染者並びに死者が報告されています(右図)。ニパウイルスは将来大規模な健康被害を引き起こす危険性のある病原体として、2015年よりWHOが提唱する「優先すべき疾患のブループリントリスト (Blueprint list of priority diseases)」に含まれています。



 ニパウイルスの自然宿主はオオコウモリであると考えられています。1998年マレーシア半島の流行では、オオコウモリからブタに感染し、ブタから養豚業従事者に伝播することによって大規模な流行がおきました。またバングラデシュやインドでは、オオコウモリの唾液や尿によって汚染されたナツメヤシジュースを摂取することによって感染したり、オオコウモリとの接触によって感染したりするケースが報告されています。ヒトから直接ヒトへ伝播することも確認されています(右図)。

組換えニパワクチン(MV-Nipah)の作出と有効性

 
 2019年の現在においてもニパウイルス感染症に対する認可された治療法やワクチンは未だに存在しません。我々はワクチンベクターとして麻疹ウイルスに着眼しました。麻疹ウイルスは終生免疫と呼ばれるほど強い免疫を誘導することが知られており、我々はこの利点を生かしたワクチンの開発に長年取り組むことでその性状を熟知していました。そこでニパウイルスの抗原を持つ組み換え麻疹ウイルスワクチン(ニパワクチン)をリバースジェネティクス法によって作出し、その有効性をフランス・リヨンにあるBSL4施設で検証しました。
 その結果、ニパワクチンはハムスター感染モデルにおいて、ニパウイルスの致死的な病原性に対する完全な防御能を付与できることが明らかになりました(右図)。またサルの感染モデルを用いても同様に完全な防御能を付与することができました(Yoneda M. et. al. 2013)。したがってニパウイルスワクチンとして非常に有望な候補であることが示されました。

CEPIとは?

 
 近年ニパウイルスを含む様々なエマージングウイルス感染症が大きな被害を生んでいます。これらの感染症に対するワクチン開発は重要ですが、市場規模が小さいため採算が取れず経済的に困難な課題を抱えています。CEPI(Coalition for Epidemic Preparedness Innovations、感染症流行対策イノベーション連合)はこのようなエマージングウイルスに対するワクチン開発を促進し、将来的な流行に備えることを目標として設立されました。
 CEPIはノルウェー政府、インド政府、ビル&メリンダ・ゲイツ財団、およびウェルカム トラストの出資によって2017年にダボス会議(スイス)にて発足した、公的機関、民間機関、慈善団体および市民団体の間でのグローバルなパートナーシップです。日本をはじめ、ノルウェー、ドイツ、カナダ、オーストラリア、ビル&メリンダ・ゲイツ財団およびウェルカムトラストは数年にわたりCEPIに投資を行っています。またイギリス、ベルギー政府も1年間の投資を行っています。
 CEPIによる支援の対象となる感染症はWHOの提唱するBlueprint list of priority diseasesから選ばれており、ラッサ熱、MERS、ニパウイルス感染症が最初の課題として選ばれています。

ニパウイルスワクチンプロジェクト

 
 我々は流行地の人々を致死性感染症から救うことを目的として、ニパワクチンの実用化を目指す開発研究を計画し、CEPIによって総額34.4億円の支援を受けることが決定しました。このプロジェクトは東京大学をリーダーとしたグローバルな大型国際共同開発研究です。東京大学は前臨床試験や非臨床試験の詳細な研究および診断法開発研究をさらに進めるとともに開発研究全体を統括し、製造は Batavia 社、第 I 相、第 II 相臨床試験は EU のワクチン開発支援機構である European Vaccine Initiative (EVI)、スタンフォード大学、流行国であるバングラデシュの国際下痢性疾患研究センター(ICDDR)とともに進める計画です(右図)。この国際共同開発研究によって、5年以内に第 II 相臨床試験を行い、ニパウイルス感染症発生地域におけるワクチンの実用化を目指しています。