パラミクソウイルスの病原性発現メカニズム

動物種によってウイルスに対する感受性が異なるのはなぜか?

 これまでの研究において、多くのウイルスは動物種依存的な症状を引き起こすことが知られています。例えば麻疹ウイルス(Measles virus: MV)は自然界ではヒトのみを宿主とし、マウスや犬などには病気を引き起こしません。逆に犬やミンクに重篤な疾患を引き起こす近縁のイヌジステンパーウイルス(Canine distemper virus: CDV)はヒトに病気を引き起こしません。しかしながらCDVの発症例は、1980年代頃からこれまで確認されていなかったアザラシやライオン、サルにおいて新たに確認されており、その宿主域は拡大していると考えられています。またニパウイルス(Nipah virus: NiV)は、ヒトに致死的な脳炎を引き起こしますが、コウモリには病気を引き起こさないことが明らかにされており、それゆえNiVを保有しているコウモリは主な流行の感染源(自然宿主)であると考えられています(下図)。我々はこの動物間の感受性の違いを明らかにするために、遺伝子解析などを用いた様々な手法によって研究を行っています。






ウイルスはどのようにして病気を引き起こすのか?

 多くのウイルスは体内に侵入した後、全身で増殖するのではなく一部の組織で特異的に増殖することが知られており、そのウイルス特異的な組織指向性がウイルス特有の疾患を引き起こす主要因であると考えられています。例えばMVは主にリンパ球などの免疫細胞で増殖するため免疫抑制の症状を示し、NiVは血管内皮細胞や神経細胞でよく増殖するため多臓器不全や脳炎を引き起こします。このようにウイルスが組織指向性を持つのは、各組織におけるウイルスに対する細胞受容体の発現パターンと相関性があることが知られていますが、それだけでは説明できない事象も多く存在し、組織によってウイルスの増殖効率が異なる原因は完全には解明されていません。我々はこの組織間や細胞種間のウイルス感受性の違いを明らかにするために、遺伝子解析などを用いた様々な手法によって研究を行っています(右図)。


ウイルスはどのようにして宿主を利用し増殖するのか?

 ウイルスは非常に小さい粒子であり、パラミクソウイルスにおいては、わずか8種類のウイルスタンパク質とゲノムが生体に大きな病原性をもたらします。またウイルスはそれ自体では複製することができず、宿主を制圧し利用しながら増殖を行います。パラミクソウイルスはウイルスの侵入に始まり、ウイルスタンパク質の発現、ウイルスゲノムの複製、ウイルス粒子の組み立て、そして新規ウイルスの放出という生活環を経て増殖することが知られています(下図)。各ウイルスタンパク質や核酸の機能は未だ完全には明らかになっておらず、これらの解明はウイルス病原性発現メカニズムの解明だけでなく、新たな宿主の抗ウイルス機構の解明や新規のウイルス感染制御のターゲットの発見につながる重要なテーマであるといえます。我々はこの分子レベルでのウイルス産物の機能解析に取り組んでおり、これまで様々な知見を発表してきました。
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モービリウイルスを利用したワクチン開発

 麻疹ウイルスを含むモービリウイルスは、感染宿主の強い免疫を誘導することが明らかになっており、終生免疫と呼ばれています。我々の研究室はモービリウイルス(麻疹ウイルス、イヌジステンパーウイルス、牛疫ウイルス等)に関する研究を長年展開しており、その性状を熟知しています。また世界に先駆けて遺伝子から感染性ウイルスを作出するリバースジェネティクスシステムを構築してきました。我々はこれらのノウハウを生かし、様々なウイルスや寄生虫によって引き起こされる感染症と麻疹ウイルスに対する二価ワクチンの開発に取り組んでいます(右図)。特に組換え麻疹ウイルスを用いたニパウイルスワクチンは非常に優れたワクチンであることが認められ、CEPICoalition for Epidemic Preparedness Innovations)との共同開発によって世界初のニパウイルスワクチン実用化に向けて本格的な取り組みを行っています。
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組換え麻疹ウイルスを用いた腫瘍溶解ウイルスの開発

 当研究室は長い経験の中で、我々の持つ麻疹ウイルスHL株が乳がんをはじめ、様々ながん細胞に対して強い障害性を持つことを見出しました。さらにリバースジェネティクスを用いてこの麻疹ウイルス株に遺伝的改変を施し、はしかを引き起こさずにがん細胞のみに選択的に感染して腫瘍溶解能を発揮する組換えウイルス(rMV-SLAMblind)を作出しました(下図)。これまでrMV-SLAMblindは担癌マウスモデルで顕著な抗腫瘍効果を発揮することがわかり、新たながん治療法として有望であることが示唆されています。
 現在rMV-SLAMblindの実用化に向けて、医師主導治験を目指し本格的に研究開発に取り組んでいます。